小学校支援員ねずママ子ども成長応援日記♪

現役特別教育支援員の小学校通常級での支援記録です。

子供が命を失うニュースで思うこと。

とある小学校の通常級で発達凸凹支援員をやってます。

日々の支援の中で感じたこと、考えたことをつれづれに綴っています。

 

先日愛知県の中学校で悲しい事件が起きました。

私も仕事柄、更に同い年の息子がいることもあり、とても人ごととは思えませんでした。

被害者や加害者のご家族、先生方など関わっていた方々の衝撃は計り知れないものだったことと思います。

 

まずは被害者となった方には心よりお悔やみを申し上げます。

まだ中3、夢や希望が溢れて、輝く未来の自分に日々思いを馳せていたことでしょう。

どうか安らかに、と願うばかりです。

 

今回のことは、思春期の感情の爆発が引き起こした衝動的で突発的な事件としてセンセーショナルに取り沙汰されていますが、やはり支援員の立場としては、当事者のパーソナリティや彼らを取り巻く環境、2人の関係性の中に兆候があったのかなかったのかが気になるところです。

もちろん、兆候があっても防げるかどうかは別問題かもしれません。

 

報道では「選挙の応援演説を頼まれて嫌だった」など断片的な情報が出ており、長期に渡って抑圧的な状況に追い込まれていたのではないか、と考えてしまいがちになります。

きっと当事者にしか分からない複雑に絡み合った感情や人間関係があったのでしょうから、未成年同士のことでもあるので、ニュース報道は憶測が広がらないよう言葉選びにより慎重になってほしいと思います。

 

小学生の低学年でも、怒ってハサミや武器となるものを手に取ってしまう子もいます。

椅子を振り上げてしまう子もいます。

その子たちはいずれも自分を必死に守るために攻撃しているのではと思うケースが多いです。

それだけ相手や周りが怖くて仕方ない、何をされるか不安だから過剰防衛としての先制攻撃に走ってしまうのです。

 

もちろん加害者の起こしたこととは違うかもしれませんし、いくら抑圧されていても善悪の判断、遵法の知識は年齢相当にあるべきだし、正当化するつもりも毛頭ありません。

 

しかし今回の事件では、朝凶器を準備して学校まで行って相手を呼び出した経緯から見ると、思い留まるタイミングが幾つもあったはずなのに、それを超えて余りある爆発的な強い憤りや苦しみが、人として制御できなかったということです。

 

極限を1歩乗り越えてしまった原因がどこかにあるのではないかと思います。

 

コロナ禍で子供の自殺も急増していると聞きます。

感情の爆発の刃が他人に向くか自分に向くかは、ベクトルが変わるだけでどちらもあってはならないこと。

 

子供が命を落とす選択をせざるを得ないのは、親の、大人の、社会の責任だと私は考えます。

 

今回の事件が、関係者によって深く紐解かれ、今後加害者や双方の関係者のケアやサポートがより良いものになることを切に願っています。

 

今日も支援はつづく…